はじめに
ソフトウェアや通信機器の特許出願では、「a processor」「a microprocessor」といった構成要素をクレームに記載し、そのプロセッサが複数の機能を実行する、という書き方が広く用いられている。このプロセッサクレームの書き方が、実際の製品では複数のプロセッサに機能が分散して実装されているケースにおいて、権利範囲を大きく狭めてしまうことがある。2023年4月5日に連邦巡回控訴裁判所(CAFC)が下したSalazar v. AT&T Mobility LLC事件の判決は、まさにこの問題が現実の訴訟の帰趨を左右した事例である。CAFCは、本事件において、米国特許5,802,467号(「'467特許」)の非侵害判決を支持する先例的判断を下した。この判決はクレーム中の不定冠詞「a」とそれを受ける「said」の組み合わせがどのように解釈されるかを改めて明確にした事例として、特許出願実務に携わる者にとって重要な示唆を含んでいる。本稿では、まず訴訟の背景を簡単に整理した上で、本判決の核心である「said microprocessor」の解釈論を解説し、最後に出願実務における具体的な対応策を提示したい。
1.訴訟の背景
'467特許は「Wireless and Wired Communications, Command, Control and Sensing System for Sound And/or Data Transmission and Reception」と題する発明で、送受信可能な音声・データ信号を扱うあらゆる機器との間で双方向通信を行うための無線・有線通信技術に関するものである。特許権者のJoe Salazar氏は2016年、HTC CorporationのHTC Oneスマートフォンがこの特許を侵害しているとして提訴したが(Salazar I)、陪審は非侵害の評決を下した。この際、特許の有効性については判断がなされないまま終わっている。
その後Salazar氏は2019年、HTCの顧客であるAT&T、Sprint、T-Mobile、Verizonの各通信キャリアを相手取り、同じHTC製品を対象に同じ特許の侵害を主張して再度提訴した。地裁での審理の結果、陪審は対象製品が特許を侵害しておらず、かつ特許は無効(新規性喪失)でもないとの評決を下した。Salazar氏とAT&T側の双方がこの判決を不服として控訴し、CAFCがクレーム解釈を新規に(de novo)審理することとなった。
この訴訟で最大の争点となったのが、クレーム1に含まれる以下の文言の解釈であった。
> "a microprocessor for generating a plurality of control signals ..., said microprocessor creating a plurality of reprogrammable communication protocols ..., a plurality of parameter sets retrieved by said microprocessor ..., [and] said microprocessor generating ..."
これは、1つの「a microprocessor」という構成要素を導入した後、その要素を "said microprocessor" として繰り返し参照し、複数の機能(生成・生成・作成・取得)を割り当てるという、特許クレームによく見られる記述形式である。
2.「said microprocessor」をめぐる解釈論
2.1 当事者の主張
Salazar氏は、「a microprocessor」は「1つ以上のマイクロプロセッサ」を意味し、その後の「said microprocessor」への言及は、それら複数のマイクロプロセッサの「いずれか1つ」を指すと解釈すべきだと主張した。この解釈に立てば、ある機能を担うマイクロプロセッサと、別の機能を担う別のマイクロプロセッサとが別々に存在していても、クレームの侵害が成立しうることになる。実際にAT&Tの対象製品では、クレームに列挙された複数の機能が、単一のプロセッサではなく複数のプロセッサに分散して実装されていた。
対照的にAT&T側は、クレームは単一のマイクロプロセッサが列挙された全機能を実行できることを要求していると主張した。
2.2 地裁・CAFCの判断
地裁は、「a microprocessor」という語自体はマイクロプロセッサが1つであることを要求しないとしつつも、その後に続く「said microprocessor」への言及によって規定された機能上・構造上の限定事項は、少なくとも1つのマイクロプロセッサがそれらすべてを満たすことを要求すると判断した。CAFCはこの解釈を支持し、地裁の判断を是認した。
CAFCはこの結論を導くにあたり、先例として以下の3つの判決を引用している。
- Harari v. Lee:「said bit line」という後方参照は、先に出てきた「a bit line」と同一の、単一のビットラインを指さなければならないと判示した先例。
- Convolve, Inc. v. Compaq Computer Corp.:「a processor」に続けて「the processor」という形で機能を列挙するクレーム(クレーム1)は、それらすべての機能を実行できる単一のプロセッサを要求すると判示した一方、後方参照(「the」や「said」)を伴わないクレーム(クレーム9)については単一のプロセッサを要求しないとした先例。
- In re Varma:不定冠詞で導入されたクレーム要素にその後機能が付加される場合、その構造は複数のインスタンスの存在を許容しうるが、それでもなお単一のインスタンスがすべての機能を実行できることを要求しうる、とした先例。
CAFCは、これらの先例と同様に、Salazar氏のクレームも「単一の要素」がすべての機能を実行できることを要求していると結論づけた。この点を印象的に説明したのが、Varma判決から引用された「犬の比喩」である。
「犬の飼い主が『転がることも棒を取ってくることもできる犬』を持っていると言うためには、それぞれ一方の芸しかできない2匹の犬を飼っているだけでは足りない。」
つまり、クレームが「a dog that rolls over and fetches sticks」と記載している以上、片方の芸しかできない2匹の犬では要件を満たさず、両方の芸ができる1匹の犬(またはそれと同等の単一構成要素)が必要だ、という考え方である。
なお、CAFCは同時に、開放形式(comprising)のクレームにおいて不定冠詞「a」が原則として「1つ以上」を意味するという一般原則(Insituform Techs., Inc. v. CAT Contr., Inc.などで確立)自体は否定していない。あくまで、クレーム文言・明細書・出願経過に照らして「単一の要素であるべきこと」が読み取れる場合には、この一般原則の例外が適用されるという整理である。本件では、「said microprocessor」という後方参照によって複数の機能が同一の構成要素に結び付けられている以上、この例外に該当すると判断された。
2.3 判決からの帰結
この解釈の結果、AT&Tの対象製品のように、クレームに列挙された複数の機能が複数のプロセッサに分散して実装されているシステムは、たとえ「1つ以上のマイクロプロセッサ」というクレーム文言上は非侵害とならないはずのシステムであっても、文言侵害を免れることになった。CAFCは地裁のクレーム解釈を是認し、非侵害の判決を維持した。
ここで注目すべきは、本件のクレーム解釈が内在的証拠(intrinsic evidence)、すなわちクレーム文言・明細書・出願経過のみに基づいて行われた事案であったという点である。CAFCは、クレーム解釈が内在的証拠のみに基づいて決定された場合には新規に(de novo)審理を行うとした上で、'467特許の明細書には、複数のマイクロプロセッサが協働して機能を分担する実施形態についての記載が存在しなかったことを踏まえ、Salazar氏の主張する広い解釈を裏付ける根拠がないと判断した。つまり、クレーム文言上「a microprocessor」が「1つ以上」を意味しうるとしても、それを支える実施形態の開示が明細書になければ、裁判所がその広い解釈を採用する拠り所は存在しないのである。
3.実務上の示唆
本判決は新しい法理を生み出したものではなく、Harari、Convolve、Varmaといった既存の先例の枠組みを踏襲したにすぎない。しかし、ソフトウェア・ハードウェア関連の特許クレームで頻出する「a X ... said X」という定型的な記述パターンが、出願人の意図に反して狭く解釈されうることを改めて示した点で、実務上の警鐘として意義が大きい。以下、出願段階・権利行使段階に分けて対応策を整理する。
3.1 クレームドラフティング段階での対応
(1) 複数の構成要素に機能を分散させる可能性を残したい場合は、その旨を明示する
「a microprocessor」の後に「said microprocessor」で複数の機能を列挙する書き方は、単一の構成要素がすべての機能を実行することを要求すると解釈されるリスクが高い。
複数の構成要素が機能を分担する実施形態も権利範囲に含めたい場合は、たとえば「1又は複数のプロセッサが、集合的に特定の機能を実行するよう構成される」あるいは「プロセッサの概念を複数のハードウェアの集合体にまで拡張することで対応している」といった趣旨の記載を用いることが、実務上の一案として考えられる。単一の構成要素にすべての機能を担わせることを前提とせず、複数の構成要素が協働してそれらの機能を実現する構成も明示的に権利範囲へ含めることができる。
(2) 明細書に複数の構成要素による集合的な機能分担を実施形態として明記する
クレーム文言の工夫だけでは十分でない。クレーム解釈は、まずクレーム文言・明細書・出願経過という内在的証拠に照らして行われる(Phillips v. AWH Corp., 415 F.3d 1303 (Fed. Cir. 2005))。Salazar事件でも、CAFCは内在的証拠のみに基づく解釈として新規に審理を行い、明細書に「複数のマイクロプロセッサが協働して機能を分担する」実施形態の開示がなかったことを、広い解釈を採用しない一因とした。
したがって、クレームで「1又は複数のプロセッサが、…機能を実行するよう構成される」あるいは「プロセッサの概念を複数のハードウェアの集合体にまで拡張する」のような表現を用いる場合には、それに対応する実施形態を明細書中に具体的に記載しておくことが実務上強く望まれる。たとえば、次のような記載が考えられる。
「本発明の一実施形態において、上記の生成・作成・取得の各機能は、単一のマイクロプロセッサによって実行されてもよい。また別の実施形態においては、これらの機能は、互いに協働して動作する複数のマイクロプロセッサに分担して実行されてもよく、各マイクロプロセッサはこれらの機能のうち少なくとも1つを実行するように構成されうる。」
このように、「単一構成要素による実行」と「複数構成要素による集合的な分担実行」の両方を実施形態として明細書に開示しておくことには、少なくとも2つの実務上の意味がある。
第一に、クレーム解釈段階における説得材料になる。将来の侵害訴訟でクレーム解釈が争われた際、明細書に複数構成要素による分担実行の実施形態が明記されていれば、裁判所はそれを内在的証拠として参照し、クレーム中の「a microprocessor」を単一の構成要素に限定して解釈すべき理由がないと判断しやすくなる。
第二に、サポート要件・実施可能要件(35 U.S.C. § 112(a))を満たすための基盤になる。将来、拒絶理由通知への対応や継続出願において、機能分担を明示するクレーム文言への補正を試みる場合、その補正が新規事項の追加(new matter)に当たらないためには、出願当初の明細書に当該実施形態の開示が必要である。当初明細書に記載がなければ、後からこの解釈を反映させるための補正すら行えなくなるおそれがある
(3) 用語の定義
明細書中で「a microprocessor」という用語を「1つ以上のマイクロプロセッサであって、そのいずれか1つが後続の機能を実行するか、または複数のマイクロプロセッサが共同で機能を実行してもよい」旨、明確に定義しておくという手法もある。特許権者が明細書または出願経過において用語の意味を明確に定義した場合(いわゆるlexicographer原則)、その定義がクレーム解釈において優先される。ただし、明細書の記載のみに依拠してクレーム解釈をコントロールしようとすることにはリスクも伴う点には留意が必要である。
(4) 「processing circuitry」「memory subsystem」など、より抽象度の高い表現の活用
出願によっては、「a microprocessor」ではなく「processing circuitry(処理回路)」、「a memory device」ではなく「memory subsystem(メモリサブシステム)」といった、より包括的・抽象的な表現に置き換えることで、単一の物理的構成要素に限定されない解釈の余地を残すという手法も考えられる。ただし、既存の出願(継続出願・分割出願等)においてこうした表現への変更を行う場合は、原出願の開示範囲(サポート要件)を超えないよう注意が必要である。
おわりに
Salazar v. AT&T Mobility事件は、特許クレームにおける「a」と「said」という一見些末な冠詞・指示語の使い方が、権利範囲の広狭、ひいては侵害の成否を左右しうることを改めて示した事例である。とりわけ、複数のプロセッサやモジュールに機能を分散させることが一般的なソフトウェア・通信関連技術の分野では、出願時に「単一の構成要素による実行」を前提とした記載になっていないかを慎重に確認し、必要に応じて「複数の構成要素が協働してそれらの機能を実現する」のような文言を活用するなど、権利範囲を意図した通りに確保するためのドラフティングの工夫が求められる。
(本稿作成者)弁理士 石井琢哉
参考文献