深堀研究

 特許公開制度が始まった昭和46年、その春、大学の先輩に勧められた職場、特許部署にめでたく配属された。勤務先は、某音響機器メーカである。その当時、高音質のFM放送も開始されていて、ハイファイ・オーディオ・ブームの真っ只中であった。

 このメーカでは、ヘッドホーンなどの特許調査並びに出願に関わっていた。当時のヘッドホーンといえば、耳をヘッドホーンで密閉する密閉型が主流であったが、一部のメーカから密閉せずに開放するオープン型の商品が発売開始された。オープン型は、開放感があり長時間使用しても疲労感が少ない、デザインが斬新などの理由から、評判を得、現在でも使用されている。

 このオープン型について、特許調査(権利調査)のため、万国工業所有権資料館(旧特許庁舎)に出かけ、JPC(日本特許分類)毎に綴じられた紙公報ファイルの手めくり調査を実施したが、特許は抽出できなかった。しかし、それから半年程経って、基本的な特許(出願人:海外メーカ)が公告(出願公開制度が適用される前の出願)された。今度は、JPC分類を拡げ、かつ紙公報ファイルを一頁々〃手めくり確認する無効資料調査である。特に、電気、機械系の調査は図面で凡その判断が可能なことから、手めくり調査が効率的である。調査範囲を拡大した結果、異なる分類(電気音響変換機の型が異なる)の中からオープン型の資料を探し出せ、この資料を証拠に、異議申立によって特許を潰すことが出来た。調査の出来次第が、結果にものをいう。ビギナーズ・ラックと言うべきものかもしれないが、ともかく、幸運にも調査の味を知ことができた。

 入社2年半後、電子機器メーカへ移り、最初のウォークマン(TPS-L2)、第2世代ウォークマン(WM-2)、並びに第3世代の特許出願、調査の担当を経て、新たに開発が進められていたCDプレーヤに関わるようになった。ここで先ず行ったことは、光学記録または再生に関わる日本特許並びに米国特許の収集並びに分類整理と特許調査であった。

 ここで、記憶に残るCDプレーヤを始めとする光式ディスクシステムに関連する基本特許を紹介したい。

 1972年オランダのフィリップス社と米国のMCA社が個別に光学式ビデオディスクシステムを開発、発表した。実用化直近のこの頃には、エレクトロニクス技術に光学技術を融合した基本的といえる幾つかの異種融合技術発明が生まれると共に数々の重要な実用化技術発明が生まれた。これ等の大半は、ビデオディスクプレーヤの枠を超え、CDなどを含む光ディスク或いは光ディスクプレーヤとして避けられないキー発明であった。コロンブスの卵と同じように、実用化された後から見ると、極当たり前と思える発明である。

 古今東西を問わず、大特許をとるためには、発明の本質を的確に捉えることと、その本質を含めその周辺も検証できる技術は、後日のためにもシッカリと出願書類に書いておくことが必要である。

 また、実用化が目前になると、各社が技術開発に鎬を削り、特許出願も日時を争うことになる。誰よりも早く出願することも大事である。後塵を拝すれば、全て無に帰してしまう。

 その融合技術発明としての一番手は、特公昭52-32931号(フィリップス社、優先権出願日1972年9月2日、特許第905844号)である。この発明は、光を反射する、情報が記録された、金属層(Fig.3中、2の凹凸)をプラスチックなどの透明基板(1)で覆い、この透明基板の厚みを、対物レンズで絞り込まれた金属層上での光スポットの直径よりも透明基板上でのスポット直径が遥かに大きくなる厚みにしたことを特徴とするディスクに関する。この透明基板で信号が記録された金属層を保護すると共に、透明基板上でのスポット直径は遥かに大きいので、読取りスポットが透明基板上面の極小の埃、塵などに遮られることなく金属層に照射でき、金属層からの反射光(31)で信号を確実に読み出す(29:光検出器)ことができる。これぞ、光ディスクの基本特許である。

特公昭52-32931号Fig.3

 1980年、オランダのフィリップスとソニーが提案した光学式、テレフンケンなどが提案した圧電式、日本ビクターなどが提案した静電容量式があったが、非接触で信号の読取りが行われディスクを傷めない、他の方式に比べディスクに付着した塵の影響を受けにくいなどの技術の優位性などの理由から、光学式によるCD方式が各社から受け入れられ、1982年秋CDプレーヤが発売されるに至り、事実上スタンダード化された。それから30余年経過した現在、大容量半導体記憶素子を有するモバイル機器とインターネットによる音楽配信の普及によりテクノロジーは、大きく変わってしまった。

 本稿を締めるにあたって

 テクノロジーの変遷、調査ツールや特許制度の変遷はあるが、1.特許調査の結果は十人十色と云われ、現実でもあるが、相手特許のインパクトが大きければ大きいほど、調査の成否の与える影響は計り知れない。特許調査の要は、特許実務への精通)、センス(感)、更に結果に対する執着であろう。2.特許出願は、従来技術との比較から相違を見い出し、原理、本質を見極めて発明を捉えることが肝要であろう。また、調査、出願共に時間との競争でもある。お客様である技術者の大事な技術を預かるものとして、これらのことは忘れてはならないことであろう。

以上(記:吉田敏男)