セリオレポート

 

 日本、韓国、台湾のメーカーが中心だったフラットパネルディスプレイ(FPD)産業で中国シフトが加速している。新型コロナの影響からの経済回復と、韓国勢の液晶パネルからの撤退により、中国企業の勢いが増している。
近年の中国の大型投資は、液晶パネルにとどまらず、さらに先の有機ELディスプレイやミニLEDあるいはマイクロLEDなども視野に入れており、ディスプレイ事業の主役を目指している。

 

1)FPD用フィルムの特許出願の動向


 FPD用の「機能性フィルム」の特許出願について、日本、韓国、中国、台湾の状況を調べてみた。ここ20年間の各国の特許出願件数の推移を見ると、日本、韓国、台湾は2006年頃に出願件数のピークがあるのに対し、中国は、この10年で急増しておりまだまだ増加基調である。直近の2019年の出願件数では、日本と韓国はほぼ同程度の件数であるが中国はその2倍以上となっている。これは中国のFPD市場が急速に成長したために中国における開発投資が活発化していることを示唆している。

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 2006年のFPD用フィルムの特許出願件数では、日本、韓国が1位、2位であった。2006年の中国における出願件数の上位は、サムスンとLG以外はほぼ日本企業が独占しており、当時は中国においてさえ中国企業の存在感がなかった。

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 ところが、2016年以降に中国に出願された出願人ランキングを見ていただきたい。第1位と第2位は中国企業となった。サムスン、LG等の韓国勢と日東電工、住友化学を始めとする日本勢が中国市場において積極投資をして奮闘するものの上位30位の大半は中国企業が占めるに至った。

 

 ここ5年の中国籍企業の開発の急激な勢いはすさまじい。液晶パネル市場における中国勢の攻勢に追い込まれた韓国パネルメーカーは相次いで液晶パネルの生産からの撤退を表明した。そして、韓国企業は、有機ELへと軸足を移すこととなった。こうした中国企業のFPDの自国生産体制強化と韓国企業の中国における生産撤退の潮流が、FPD用フィルムの出願件数の推移にも顕著に表れている。

 

 中国企業は、まだ海外への特許出願は多くないが、自国への出願は目覚ましく活発化している。これまで、中国では、素材メーカーから部品・部材の供給を受けて組み立てる生産体制が多かったが、近年、自前の生産体制構築の潮流からFPD産業の中国シフトが加速している。

 

2)韓国企業の有機ELへのシフトと中国企業の追随


 こうした中国の自前主義の趨勢に対し、日本勢と韓国勢は、液晶パネルから有機ELへとシフトを図ってきた。2016年以降の中国における有機EL用フィルムの出願件数では、第1~4位までが日本勢と韓国勢で占めており、有機EL分野においては確かに日本企業と韓国企業の存在感は大きい。しかし、第5位には、既に中国のBOE集団が位置づけており、上位30位までに12社が中国企業という状況である。有機ELの分野においても、中国企業は日本勢・韓国勢を追撃するかのように、知財の確保に積極的な様子が窺われる。

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現に、有機EL関係事業については、中国企業は生産ラインの投資に積極的である[1]。

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このように、中国メーカーの生産ラインへの投資が活発化しており、中国企業は従来のような日米欧先進諸国から供給を受けた部品、部材を組み立てる工場から急速に脱却しつつある。

 

 例えば、中国のパネル製造の最大手である京東方光電科技(BOE集団)は、中国に12ケ所のFPD生産工場を展開している。液晶パネルだけでなく、アクティブマトリクス式有機EL工場も稼働している。そしてこのほかに複数の第6世代の工場への投資を計画しており、生産能力を急拡大させている[2]。

 

 また、上海和輝光電(EDO)は、第6世代の有機ELパネルの工場を2018年末に稼働させ、能力を増強している[2]。有機ELディスプレーに用いられる円偏光板は、パネル内部の光反射防止のために用いられ、曲がる、折りたためる「フォルダブルディスプレー」のハイエンドスマホでは厚さ10μm以下が求められる。和輝光電(EDO)は、0.3~0.7μm の紫外線吸収層にセリアシリコン二酸化物を用いて組み込むことで、有機ELの寿命と画像品質の大幅な向上を目指した特許を取得しており(CN105988154)、有機ELパネルの自社生産体制を保護する知財の確保にも余念がない。

 

 こうしたFPD生産体制の中国シフトの潮流は、上記の特許出願件数の上位企業だけの動向ではない。まだ特許件数が少なく上位に現れてきていないがイノベイティブな研究開発を行う企業も多数ある。

 

 例えば、有機ELのベンチャーの柔宇科技(Royole)は、深圳の有機パネル工場を2018年に立ち上げ、生産能力の増強を図っている[2]。柔宇科技(Royole)は、ルイ・ヴィトンと提携して、有機ELディスプレーとタッチコントロールが可能なフレキシブルセンサーを搭載したハンドバッグ「CanvasoftheFuture」を開発するなど、新たな視点で未来を見据えた発想が湧き出している。(CN105122188など)

 

 また、日本ゼオンが経産省やNEDOと開発したCOP(シクロオレフィン)フィルムは、透明性・屈折性・耐熱耐湿性に加え、フレキシブル・成形加工性に優れており、FPDフィルムをはじめ機能性フィルムとして有望な材料である。最近コニカミノルタも参入して、位相差フィルムで日本の牙城ができたと思いきや、無錫の阿科力科技(Acryl Tech)は、シクロオレフィンフィルムの新たな独自製法を開発し、特許出願している(CN110669207)。

 

 さらに、怡诚光电科技は、フレキシブルOLED用に、コーティングタイプの偏光膜を用いることで薄型化に成功している。生体膜などの生態組織でよく見られる リオトロピック液晶により、液晶層はわずか1μmであるという(CN209961932)。

 

3)まとめ


 フラットパネルディスプレイ(FPD)産業で中国シフトが加速している状況下において、中国が液晶パネルにとどまらず、次世代ディスプレイ事業への投資を活発化させている状況を見てきた

 

 現在の中国企業は、一部の国際的な大企業を除き、中国国内のみにしか出願しない傾向が強い。中国は、その一国だけで巨大なマーケットである所以でもある。日本企業にとっては、中国を巨大市場ととらえて事業展開する以上、提携先となる中国企業をいち早く見出すためには、中国の開発動向の監視は欠かせない。ところが、日本企業にとっては、日本と欧米の特許動向だけを監視していても、なかなか中国企業の動向を把握しづらいのである。

 

 中国のFPD生産能力は、2020年末ですでに世界の55%を越えたと言われている。中国は今後、コスト競争力を維持しつつ性能を高めていくと同時に、保有技術の多様化のみならず、日米欧にないような新製品の開発・提案を進めていくものと考えられる。日本企業の中国戦略を検討するうえで、中国企業の研究開発の動向監視は、欠かせない。

 

 

参考文献

[1] 中国のディスプレイ市場について, 千葉銀行上海駐在事務所, 2018

[2] 電子ディスプレーメーカー計画総覧 2020年度版, 産業タイムス社

 

 

以上

 

2021年 9月 7日

記:石井 琢哉