前話までは、読取りレーザスポットのフォーカス並びにトラッキング制御について述べてきたが、今回は、ディスクの回転を制御するスピンドルサーボについて書いてみる。コンパクトディスク(CD)プレーヤ以前のディスクプレーヤは、レコードプレーヤまたは畜音機と呼ばれ、レコードは、一定の回転数45rpmのEP盤と33 1/3rpmのLP盤等があり、盤面にスパイラルに形成された音溝を針でトレースし、音溝の浅深(上下)、左右の蛇行に応じて針が振動し、この機械的な振動を電気信号に変換するものであった。いずれにしてもレコードの回転数は一定である。この一定の回転数でレコードを回転駆動させるタイプを角速度一定(CAV: Constant Angular Velocity)という。CAVではレコードの外周から内周に向うにしたがって、レコード音溝とこの音溝をトレースするレコード針の相対速度が遅くなる。換言すると、音溝の単位長さ当たりの記録信号密度が高くなる。これに対し、CDプレーヤでは、レコード盤上の内周、外周の如何を問わず、トラックに沿ったどの位置でも記録信号密度は一定である線速度一定(CLV: Constant Liner Velocity)が採用されたので、トラックとこのトラックをトレースする光学ピックアップのビームスポットの相対速度が一定になるようにディスクを回転駆動させるサーボ技術が必要となった。
ピックアップの盤面上の径方向の位置を機械・電気的な変換器(ポテンショメータ)で捉え、ピックアップの位置に基づく電気信号によって、モータ駆動回路を制御して線速度を一定とする制度の低いCLV技術は、当時の古い特許公報にも見られる。この技術より精度の高いものとして、ディスク等の記録媒体に記録された同期信号と基準信号とを位相同期させて線速度を一定とする技術も、当時の米国特許第3646259号に開示されている。
ソニー、フィリプスから企画提案されたコンパクトディスク(CD)では、スパイラル状に信号が凹(ピット/溝)凸(ランド/平坦面)状に記録され、しかも、ピット、ランドいずれも、最小長さと最大長さが規定されている。CDでは、これらの最小長さ(最小反転間隔)、あるいは最大長さ(最大反転間隔)を利用して粗いCLV駆動(これをCLV引き込みと言う)が行われる。つぎに、この粗いCLV駆動中にディスクから再生される同期信号と一定周期の基準信号とを位相同期させて極めて精度の高い線速度一定の回転制御が行われ、記録情報の再生が行われる構成となっている。
最小反転間隔を利用する基本特許が、タイムリーに松下電産(現パナソニック)より1980年7月8日に出願(特開昭57-18058号、特公昭62-12582号、特許第1407112号)された。
そのクレームは、出願公開時の最小反転間隔を利用する基本的な構成のまま、『(クレーム本文)単位時間内における被変調波の最小反転間隔が常に一定値であるごとく周波数変調された情報信号を記録した高密度記録ディスクの再生装置に適応するものであって、上記単位時間よりも長い期間にわたって再生情報信号の最小反転間隔を検出し、該最小反転間隔を規定値と等しくするごとくディスクの回転速度を制御することを特徴とする回転制御装置。』特許登録となった。
この松下特許出願から僅か2ケ月後にソニーより出願された特許(特開昭57-58262号、特公昭62-35179号、特許第1428595号)があった。この特許出願の当初のクレームは最小或いは最大反転間隔を利用する基本的思想を権利化する意図が秘められた特許出願であったが、上述のように最小反転間隔を利用するCLV技術は先の松下特許に記載され、特許法第29条の2に該当するものであった。特許庁の拒絶理由を回避するため、最大反転間隔を利用するCLVにのみにクレームを減縮することによって、特許登録(特公昭62-35179号、特許第1428595号)となった。ここで、幸いなことに、最小反転間隔を利用するCLVにおいて、実装上必須な外的な付加要素であるが、松下特許に記載されていない構成がソニー特許出願書類に記載されていたのである。寄稿者あるいは発明者の偶然的、必然的な記載か、それは不明ではあるが、記載されていた事実そのものが、大きな価値を生むベースとなった。それらの記載に基づいてなされた分割出願の一つは、最小或いは最大反転間隔を利用するCLVに、光学的なアシンメトリーを補正する回路を付加したもの、二つ目は、粗いCLV(CLVの引き込み)と高精度のCLVの切替えを付加したものである。前者は、特許第1450907号(特公昭62-58067号)、後者は、特許第1450906号(特公昭62-58066)として特許登録となった。
因って、CDのCLVでは、最大反転間隔を利用するものは上記ソニー特許を、また最小反転間隔を利用するものは上記松下特許に加えて上記ソニー特許から分割出願された2件の特許、勿論、最大反転間隔を利用するものを含む、の回避が困難となったのである。
振り返ってみると、昔の一発明一出願の時代では、上級寄稿者であればあるほど、発明の核心を単一のクレームとして的確に表現するとともに明細書、図面には実施例、作用、効果を簡明に記載すれば良いとの考えがあり、外的或いは周辺の構成要件に注目することがややもすれば希薄であったように思える。それが、改善多項制の導入、米国特許のクレームドラフティング技術の研鑽、取得などを経て、特許出願の明細書並びに図面には実施態様クレームに加え、外的付加クレームを意識した充実した記載が行われるようになってきた。素晴らしいことである。
ただし、充実した記載と過度な記載、冗長な記載は別である。寄稿者は、充実した記載に心がけること、この点を忘れてはいけない。後者は出願人に大きなコスト負担をかけるだけでなく、権利書として問題となることもある。
(記:吉田敏男)