深堀研究

 気軽に屋内、屋外を問わず個人的に音楽を楽しむことができるパーソナル・オーディオ機器の先駆けとなったソニーのウォークマン(WM)について書いてみたい。


 今から38年前の1979年7月1日に発売された初代のWM(型式名:TPS-L2)こそが携帯型ステレオ・プレーヤの走りである。このWMは、当時普及していた磁気テープカセットを記録メディアとして用いるものであった。今では、アップル社のアイポッドなど、内臓の蓄電池を電源とし、半導体メモリーを記録媒体とし、ディジタル信号を記録再生する極めて小さいオーディオ・セットへと技術が進化し、カセットテーププレーヤを知らない世代が増えてきた。まさに、光陰矢の如しである。

 さて、WMについて思い出すのは、発表前日の朝にA氏から、“明日発表するモデルについて未だ特許検討が済んでいないので、至急打合せを行いたい。” との異例(通常は、商品構想ないし試作段階で特許検討が行われる。)の電話があり、大凡、次のような会話を交わしたことに始まる。


『どんなモデルか?』

「販売中のカセット式モノーラル録音再生装置、呼称:カッセットプレスマンから録音機能を外し、再生ヘッドをモノからステレオに置換えて、ヘッドフォーンステレオ再生機能を付加したカセットプレーヤだ。」

『モノーラル録音再生装置を、ステレオ再生装置に替えただけでは、権利化できないだろう。他に、何か新しい機能や構成はないか。』

「2つのヘッドフォーンをプレーヤに接続して、二人で同時に音楽を楽しむことができる。しかも、このとき、ホットラインボタンを押すと、プレーヤに内蔵されたマイクがオンになり、再生中の音楽のボリュームが下がり、マイクに入った音声が互いのヘッドフォーンに流れ、対話をすることができる新しい機能(ホットラインと呼ばれる機能)が付いている。」

『なんとか、それを明日の発表前までには出願したい。直ぐに、工場から本社へ来て、詳細を聞かせて欲しい。』

 ・・・


 そして、開発者に描いてもらったスケッチを基に、某特許事務所で出願の打合せを終え、寄稿者他の努力により発表には間に合わせることができた(やれそうなことは、躊躇せず、即、進める自由闊達な社風もこの緊急出願の後押しとなったと思う。実用新案公開昭56-6012号)。

 この製品TPS-L2は一時品切れ、予約待ちの状態となり、人気に更に拍車がかかり、予想外の爆発的な売行きとなった。そうすると、世の常であるが、出願は有るのか、シッカリ行われているか、第三者特許は大丈夫か等々関心が、経営サイドからも必然的に湧いてくるものである。筆者は、自己弁護の感もあるが、当時は最善を尽くしたと思っている。しかし、本当にそう思って良いのか? 例えば、この機種の特徴を最大限表現した“単3乾電池2本で動作する、ステレオヘッド出力端子付き携帯ステレオカセットプレーヤ”なる発明として特許が取れなかっただろうか等々、その問いはその後、今もなお、胸の中に残っている。
特に、企業側の特許担当者として大事な発明創出・出願プロセスとして、
・侵害の検知が容易である。
・誰もが使いたい。
・構成が簡単である。
以上の3つの条件を満たす発明は、容易に発明できた(進歩性なし)として、特許取得できない可能性が多少あるにしても、特許出願中あるいは登録後の他社牽制のためにも特許出願をしておくべきであろう。


 後日談ではあるが、当時単3乾電池2本で動作するカセット式録音再生装置は、当時ソニーのカセットプレスマンしかなかった。他社は単3乾電池2本で動作する新規製品の開発から始めるなど、発売までに数年を要した。その間、ソニーの先行独壇場となった。

(記:吉田敏男)