1.はじめに
2023年7月、国連のグレーテス事務総長は、「地球温暖化の時代は終わり、“地球沸騰”の時代が到来した」と発言した。このまま気温の上昇が進めば、加速度的に気候変動が進み、災害が続発する気候危機に直面することは避けられなくなるだろう。
我が国では、菅政権において、2050年までにカーボンニュートラルを目指すことを宣言した。世界的にも2050年までに二酸化炭素のネットゼロエミッションを目指す動きが高まっている。2050年にネットゼロを実現するには、1Gt規模(全体の13%に相当)のDACによるCO2回収が必要と言われている。
DAC(Direct Air Capture)とは、大気中のCO2を直接回収する技術であり、ネガティブエミッション技術として注目されている。回収したCO2は、資源として有効利用するなど、持続可能性に価値を生み出す可能性も秘めている。
DACの世界市場は、10%CAGRで拡大しており、2030年の市場規模(円)は1兆円、2040年以降に7兆円規模の市場に到達するとの予測もある[2]。現状では、建設費、回収CO2の分離コスト、維持管理費、CO2吸着量などが課題となっている。
2.技術開発の状況
これまで、CO2の除去技術(CDR)に関しては、石油精製、火力発電、自動車排気ガス処理などの高濃度CO2の除去の分野で多くの研究開発が進められてきた。日本国内おいては、アミン系吸収液による分離回収技術が、商業運転が行われ、実用化レベルとしては進んでいるが、CO2濃度が高い排出源での運用である。CO2濃度が高い環境下での実証試験は、これまで、エンジニアリングメーカー(国内では川崎重工、三菱重工等)、石油精製会社、素材・化学メーカなどが手がけてきた。
今回は、低濃度CO2である大気からの分離回収技術(DAC)の研究開発に特に注目するため、CO2の除去の観点に、DAC(Direct Air Capture)又は空気(Ambient air)というキーワードの限定をつけて特許情報を収集している。出願件数の推移を見ると、DAC関連の特許出願(全世界の特許ファミリ)は、2021年から急増し始めた。
※2023,2024年の件数には未公開分が含まれていないので未確定値。
特許出願件数ランキングでは、Climeworks(スイス)が最も多い。上位出願人には、自動車(Vlokswagen,Honda)、石油会社(Exxonmobil,Shell)も含まれている。自動車や石油会社は、純粋なDACよりも、工場や排気ガスからのCO2の回収を目指している発明も多いと推察される。
空気中(Ambient Air)からのCO2回収を目指すDAC企業としては、Climeworks(スイス), Global Thermostat(米国), Carbon Engineering(カナダ), Carbon Sink(イタリア)等が挙げられる。
3.様々な分離方式の動向
図5は、DAC関連企業とDACの分離方式別のマトリクスである。ClimeWorks(スイス)やGlobal Thermostat(米国)は、主にアミン系固体吸収材を用いており、Solid-DACやアミン系の特許出願件数が多い。Carbon Engineering(カナダ)は、KOH/Ca(OH)2水溶液を用いており、Liquid-DACの特許出願件数が多い。分離素材と別に制御面では、ほとんどの発明において、CO2の回収に、気温、圧力、湿度の制御(回収エネルギーの9割以上をCO2脱着エネルギーが占める)が行われている。
ゼオライト関連技術としては、カルフォルニア工科大学などがゼオライトの基本的な特許を保有し、Greencap Solutionsなどがゼオライト応用したDACの特許を出願している。補足したCO2の回収エネルギーは高コストの原因となるのが課題である。こうした課題を解決するような技術、例えば、CO2回収に高熱制御(Temperature Swing)が不要な画期的なゼオライトの研究開発と、それを利用したDACのスタートアップが注目される[3]。また、特殊ゼオライトを利用した温度真空スイング吸着 (TVSA)の特許を保有するTerraFixing社(カナダ)は、温暖な地域よりも寒冷地での稼働が熱力学的に有利だとの理由で寒冷地にDACプラントを展開している[4]。
また、2019年にマサチューセッツ工科大学(MIT)の研究者は、充電時にカーボンナノチューブにポリアントラキノンをコーティングした電極でCO2を回収し、放電時にCO2を放出する電池を開発した[5]。このエレクトロスイング吸着法(ESA)の技術は、CO2の濃度条件に制限がないため、発電所の排ガス流からの回収だけでなく、大気のような低濃度からの回収にも利用できるとして期待されている。Verdox社は、ESA技術をラボスケールでの実証試験を進めており、0.6%CO2濃度の大気に対し、90%の回収率を実現しており、実用化が期待される新技術である。
ガス分離膜利用技術(Membrane-DAC)では、Carbon Sink、カリフォルニア大などがMembrane-DAC関連発明の特許出願が多い。従来、ガス分離膜は、差圧が分離の駆動力として作用するため、高濃度CO2環境下において有効な素材として考えられてきた。大気圧下低濃度CO2環境ではガス分離性能面、コスト面で課題があった。しかし、CO2透過性の高いポリマー材料の開発が行われ、高性能膜を提供しうるスタートアップも現れている[6]。膜技術は、CO2の回収において高温制御の必要性が低くエネルギー効率の高い回収技術を実現しうるものとして期待されている。
もちろん、上記の複数の種類のDAC技術のうち、どれか一つに淘汰されるわけでなく、いくつかの分離方式の融合、素材開発企業とモジュール化、エンジニアリング企業との連携など、技術・企業の連携による技術革新が期待される。
4.各社の知財ポジション
企業の知財力を評価する指標である、ファミリ数(自社の知財への注力度合いの指標)と非自己被引用件数(他社からの注目度合いの指標)とのマトリクス(図6)で見ると、現状では、Carbon Sink、Global Thermostat、Climeworks、Carbon Engineeringが、図中の右上において他社よりも比較的強い知財ポジションをとっていることが分かる。図5で見たように、これらの企業は、アミン系の固定吸収材や溶液によるDAC技術を採用する、先行して特許出願をしてきた企業である。これら先行企業が高い知財ポジションをとるのは、発明が公開されてからの経過年数がたった方が被引用件数が増加することも影響している。DACの特許出願は2021年から急増している(図3参照)新しい分野であり、先行している企業がやや強い知財ポジションをとっているだけで、まだ強大な知財ポジションをとる企業はないともいえる。現在、さまざまなアプローチに基づくDAC技術関連のスタートアップが登場していることから、今が基本的な知財を取得する好機と言える。今後、勢力図が替わる可能性があるため、引き続き、DAC関連技術の動向を注視していく価値がありそうである。
References:
[1] Net Zero by 2050 A Roadmap for the Global Energy Sector, International Energy Agency,2021
[2] NEDO 技術戦略研究センターレポートVol.118, カーボンリサイクル分野(CO2分離回収技術)の技術戦略策定に向けて 2024年2月
[3] https://planetsavers.earth/
[4] https://www.terrafixing.com/
[5] https://pubs.rsc.org/en/content/articlelanding/2019/ee/c9ee02412c
[7] Direct Air Capture A key technology for net zero, International Energy Agency,2022
以上
2024年 7月 22日
記:石井 琢哉