2025年1月27日、米国市場は「DeepSeekショック」に揺れた。中国のAI開発企業であるDeepSeekが、低コストで高い性能を持つAIモデルの提供を開始したのがきっかけだ。市場は、AIモデルの深層学習に強いNVIDIA製GPU(グラフィックス プロセッシング ユニット)への依存度が下がると判断し、AI関連銘柄が一斉に売られることとなった。NVIDIAは一時17%下落した。
DeepSeekの提供する生成AIは、OpenAI(オープンAI)のLLM(大規模言語モデル)「o1」に近い性能にもかかわらず、生成AIチャットが無料で使えることや、「オープンソース」で提供されている点が注目されている。 DeepSeekは、2023年に創業されたばかりであるにも関わらず、NVIDIAのGPUの輸出規制のある状況下で、なぜ短期間で生成AIモデルを構築できたかということについては、さまざまなことが言われている。
DeepSeek自身は、強化学習により、短期間で開発できたと主張している。これに対し、オープンAIのアウトプットを利用して生徒モデルを構築する蒸留(教師モデルと同等の生徒モデルを構築する)を行ったと述べる米政府高官もいる。1) また、輸出規制をかいくぐってNVIDIAのGPUを輸入していたという説を述べる人もいる。2)
真相は明らかでないが、DeepSeekのような創業間もない企業が、短期間で高水準の生成AIモデルを構築してしまうということは、技術開発を保護する知財の役割と開発潮流に大きな疑問を投げかけている。これまでは、高度な技術は特許等の知的財産権で保護されており、知財は、技術の模倣や市場への参入障壁となっていた。
ところが、創業2年も満たないDeepSeekは、やすやすとOpenAI(オープンAI)のLLM(大規模言語モデル)を構築し、しかも無料サービスで提供し、ソースをオープンにしている。しかも、現時点では、DeepSeek社の特許は確認されていない。ただし、通常、特許は出願日から1年6か月は未公開であるから、同社が出願をしている可能性はある。
DeepSeekショックは、今後、生成AIの開発がオープン化していくのかという点で、非常に興味深い。生成AIの開発がオープン化していくことは、生成AIの開発だけでなく、開発者はオープンな開発を進めるにも関わらず、生成AIの特許出願をするのかという点でも興味深い。また、例えば生成AIモデルがオープン化の流れが形成されても、生成AI利用発明については、利用者が特許出願をしていくことが予想される。
ここでは、将来の開発動向や知財動向の予測をする前に、まずは、これまでのAI開発の知財の動向を紹介していきたい。実環境においては、自然言語よりも画像処理系の機械学習モデルが先行して成果を出してきたが、近年、自然言語系の機械学習も研究開発が活発化している。自然言語の機械学習関連特許の件数は、増加傾向にあったが、特に2023年に急伸した。これは、2022年12月のChatGPTの出現により、AI開発に一層の拍車がかかり、LLMの利用の裾野も拡大した。
自然言語系のAI開発

※本稿内の図は全てOrbit intelligenceを用いて作成した

自然言語系の機械学習関連特許の出願人ランキングを見ると、バイドゥ、テンセントの中国企業とマイクロソフト、Googleの米国企業がTOP4となっている。米国企業では、IBM、NVIDIA、SaleForce、Amazonも上位にランクインしているものの、大半が中国の企業や大学が占めている。発行国別件数では、中国は米国の4倍以上、日本の10倍以上の件数となっており、中国でのAI開発の勢いを感じさせる。

生成AIの利用分野
LLMの開発の進展により、ロボット分野と自然言語系の技術の融合によるAIロボティクスの開発も活発化し、スタートアップも増えている。ロボティクス分野では、Google DeepMindがロボット向け基盤モデルを開発したことを契機に、研究開発が加速した。特に、2024年には多様な企業の参入が見られた。Covariant社はAIモデル「RFM-1」を搭載したピッキングロボットの商用化を発表した。NVIDIAはヒト型ロボットの基板モデルである「Project GR00T」を発表した。Teslaはヒト型ロボット「Optimus」の2025年末の販売開始を発表し、OpenAIは撤退していたロボット開発の再開やGoogleDeepMindからトップエンジニア3名を引き抜いたことを発表した。
これまでロボット分野は、カメラセンサによる画像解析、SLAM等の要素技術においてAIが使われてきたが、近年の自然言語系の生成AIの進歩により、言語による指令により、ロボットが人の意図を理解して作業をするなど、よりロボットが人の心を読んで動作する協調技術の開発も進むだろう。
AIとロボティクスの融合であるAIロボティクスは、AIとロボティクスの両分野の膨大な特許が関与するが、ここではその中心(融合技術)の特許に着目してみる。AIロボティクス融合技術としての特許は、NVIDIA, LG, Bosch等の企業が上位3社であるが、それ以下は、中国の大学が相当数含まれている。インドの大学も目立つので、内容を確認したところ、農作業を自動化するロボットが多かった。

AIロボティクスの特許集合の大半は、マニュプレータ関連の発明であって、ヒューマノイドはマニュプレータに比べるとまだまだ少ない。ただし、NVIDIA CEOのジェンスン・ファン氏は、今後は、ヒューマノイドの発明が増え、市場にも登場する機会が増えてくると述べている。3)
「AI革命はまだ序章に過ぎない。用途別ロボットでは市場規模が限られ大規模な研究開発ができない。ヒト型ロボットはロボット市場を大規模にするために必要なものである。現在自動車が世界で1億台生産されているが、将来ヒト型ロボットが10億台生産されるだろう」。
2025年1月に東京ビッグサイトで行われたロボットの展示会では、マニュプレータの展示が圧倒的に多く、ヒューマノイドの展示は少なかった。今後、ヒューマノイドが、特定の用途でなく汎用用途で対応してくれるロボットとして実環境に導入されるには、多くのハードルと開発年数がかかりそうに思われる。一方で、中国の智元ロボットは、ヒューマノイドロボット量産工場を設立し、2025年は、年間数千台を目指しており、2025年がヒューマノイドロボットの「量産元年」になるという業界関係者もいる。4)
日本では、ホンダ技研工業が、人型ロボット「アシモ」の開発を取りやめ、研究開発のチームは解散したこともあり、ヒューマノイドの開発に関しては寂しい印象がある。米国と中国では、上述のように、AIロボティクスのスタートアップの創立や投資が熱気を帯びている。生成AIのオープン化の流れが、日本のロボティクス開発に再び活気をもたらすようになるきっかけになるのか注目したい。
参考文献
1) DeepSeekがオープンAIから「蒸留」した証拠あり-米政府AI責任者
2) DeepSeekのNVIDIA半導体入手経路、米国が調査
3) 電子デバイス産業新聞(2024/11/21)のNVIDIA創業者兼CEO ジェンスン・フアン氏のインタビュー記事
4) 上海初のヒューマノイドロボット量産工場 年間数千台を目指す
以上
2025年 3月 5日
記:石井 琢哉